芳根京子の学歴を完全解説|難病、転校、大学進学しなかった理由まで
プロフィール早見表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | 芳根京子(よしねきょうこ) |
| 生年月日 | 1997年2月28日 |
| 出身地 | 東京都杉並区 |
| 身長 | 159cm |
| 血液型 | A型 |
| 所属事務所 | ジャパン・ミュージックエンターテインメント |
| 小学校 | 杉並区立沓掛小学校 |
| 中学校 | 杉並区立中瀬中学校 |
| 高校(入学) | 東京都立深沢高等学校(偏差値41) |
| 高校(転校) | 東海大学付属望星高等学校(通信制) |
| 大学 | 進学せず |
芳根京子さんの学歴を調べている方、多いですよね。「べっぴんさん」でのヒロイン抜擢で一躍国民的女優となった彼女ですが、その学生時代には誰もが驚くような波乱万丈なストーリーが隠されているんです。
難病との闘い、転校の決断、大学進学を諦めた理由……。表面的なプロフィールだけ見ると「普通の学歴ね」で終わりそうですが、実はひとつひとつのエピソードに、今の芳根さんを作った分岐点があります。この記事では、学歴データだけでなく、そのときの芳根さんが何を感じ、何を選んだのかまで掘り下げていきましょう。
目次
芳根京子の幼少期と小学校時代

杉並区で育った「引っ込み思案な女の子」
芳根さんは1997年2月28日、東京都杉並区で生まれました。4歳年上の兄との4人家族です。
実はこの頃の芳根さん、今の輝くような存在感からは想像できないくらい内向的だったそうで。ご本人もインタビューでこんなことを明かしています。
「小学校時代は引っ込み思案な性格でした。『自分なんて…』と卑屈になって友達もほとんどいませんでした。自分の意見なんて聞いてもらえないと思っていて、本音で話すこともなかった」
え、あの芳根京子さんが?と驚くかもしれませんが、子ども時代の姿って、大人になってからのイメージとぜんぜん違うことがありますよね。そんな彼女が大きく変わるきっかけになったのが、小学4年生から始めたフルートなんです。
吹奏楽部でフルートを担当しながら、ピアノや新体操も習っていた芳根さん。料理も幼稚園の頃からお母さんの手伝いをしていたほど好きだったとか。多才な素養は、この時期からすでに育まれていたわけですね。
中学時代に難病を発症!1年間の闘病生活
人生を変えた「ギランバレー症候群」との闘い
芳根さんが通ったのは杉並区立中瀬中学校です。2009年に入学し、吹奏楽部でフルートを担当。実は入部のきっかけも面白くて、「フルート経験者」としてスカウトされたんだとか。
「入学した中学校が偶然にも吹奏楽に力を入れている学校で、私がフルート経験者ということで『参加してほしい』と声をかけられました。急に自分を必要としてもらえたことが嬉しかった。その一言がまさにターニングポイント」
この「必要とされた」感覚が、それまで引っ込み思案だった芳根さんの殻を破ったわけです。自分を必要としてもらえると、人って変われるものなんですよね。
ところが、そんな充実した中学生活に暗雲が立ちこめます。中学2年生のとき、芳根さんはギランバレー症候群という難病を発症します。
ギランバレー症候群とは、末梢神経の障害によって体に力が入らなくなる病気。日本での発症率は年間10万人あたり1〜2人という稀な疾患です。かつて女優の大原麗子さんがこの病気と闘ったことでも知られていますね。

芳根さんはこの病気で約1年間、学校に通うことが困難な時期を経験します。その当時の気持ちを、ご本人は自身のブログでこう綴っています。
「私も中学の頃に難病になったことがあります。実際そうなるとね、なかなか笑顔になるのなんて難しかったりするんですけどね、とにかく毎日楽しいこと探してたなー。気持ちに負けないように。」
毎日楽しいことを探す。簡単そうに聞こえますが、体が思うように動かない状況でそれを実践するのは、相当な精神力が必要だったはずです。この経験が、芳根さんの演技に「本物の深さ」を与えているのかもしれません。現在は完治しており、後遺症もないとのことで、本当に良かったですよね。
闘病を乗り越えて変わったこと
1年間の療養を経て学校に戻った芳根さんは、命の重さや日常のありがたさを実感したと語っています。この経験がのちの演技力の源になっているという見方は、ファンの間でもよく語られることなんですよね。
都立深沢高校からの転校と芸能界デビュー

スカウトを何度も断っていた理由
2012年、芳根さんは東京都立深沢高等学校(偏差値41)に入学します。世田谷区深沢に位置するこの高校は、日本体育大学に隣接する環境にあります。吉高由里子さんや松岡茉優さんも同校出身として知られていますね。
ここで面白いエピソードがあるんです。芳根さん、実は幼少期からかなりの頻度でスカウトされていたそうで。多い日には1日に5回もスカウトされたこともあったとか!でも、そのたびに全部断っていたんです。芸能界に全く興味がなかったから。
ではなぜ、高校1年生のある日だけ例外になったのか?
文化祭の映画制作が「運命の扉」を開けた
そのきっかけは高校1年生の文化祭。クラスで映画を作ることになり、芳根さんが監督・脚本を担当することになりました。作品のタイトルは『ちびまる子さん』——ちびまる子ちゃんの20年後を描いた設定だったそうで、このクラス展示部門でなんと2位を獲得。
この経験で「演じること」への興味が芽生えた直後、友達に誘われた上地雄輔(遊助)さんのライブ会場でスカウトに遭遇します。
「神様から与えられたチャンス!」と思って芸能界入りを決意——という有名なエピソードですが、タイミングのことを考えると、本当に絶妙すぎますよね。文化祭の映画制作がなければ、おそらくまたスカウトをスルーしていたわけですから。
校則が厳しかった深沢高校を去る決断
芸能界入りを決めた芳根さんでしたが、都立深沢高校は都立校の中でも校則が厳しいことで知られており、芸能活動との両立は事実上不可能な状況でした。
そのため高校2年生から、通信制の東海大学付属望星高等学校(東京都渋谷区富ケ谷)に転校します。
2013年に転校、2015年3月に卒業。芳根さん自身は転校前の都立深沢高校の1年間について、こんな言葉を残しています。
「1年生は都立高校で過ごして、ものすごく楽しかった! 嫌なこといっぱいあったし、朝お布団から出たくない時もいっぱいあったし、数学やりたくないし、先生怒ると怖いし……だけど、嬉しい、楽しいこともいっぱいあって、友達にとっても恵まれて」
校則が厳しくてつらい部分もあったはずなのに、それでも「楽しかった」と言える。この言葉が、芳根さんの人柄を物語っているような気がします。
東海大学付属望星高校とは?通信制を選んだ賢い理由
芸能人御用達の通信制高校
東海大学付属望星高校は、渋谷区に位置する通信制・単位制の高校です。インターネット講義の視聴とスクーリング、レポート提出で単位を取得できるシステムが整っており、芸能活動との両立に非常に適した環境なんです。
偏差値は46で、「進学実績が優れている通信制高校」としても知られています。2025年の卒業生の進学先として、早稲田大学・慶應義塾大学などの難関大学への入学者も出ているほど。
芸能活動をしながらでも着実に学業を続けられる環境——芳根さんにとって最良の選択でしたよね。
高校時代、「全クラスの男子が覗きに来た」
なかなかこういうエピソードも他の記事では深掘りされていないのですが、高校時代の芳根さんには面白い話が残っています。
入学当時、6クラスある全クラスの男子生徒が芳根さんを見るために教室を覗きに来ていたというんです!同級生がテレビ番組でそのことを暴露したことで知られました。
しかし芳根さん本人は「しゃべると残念だと気づかれたんだと思う」と自己分析。謙遜なのか、それとも本当にそう思っているのか……このあたりの自虐ユーモアも、彼女の魅力のひとつだと思いますよ。
大学進学しなかった理由と「良き妻・良き母」願望
料理の専門学校も候補にあった
高校を卒業した芳根さんには、いくつかの進路の選択肢がありました。実は大学だけでなく、料理の専門学校に行くことも検討していたそうです。
ただ面白いのは、その理由。「料理人になりたい」からではなく、「良き妻・良き母になりたい」という気持ちからだったとのこと。料理は幼少期から大好きだったので、生活力を高めたいという感覚があったのかもしれませんね。
でも結局、大学にも専門学校にも進学せず、女優業に専念する道を選びます。
もし大学に進学していたら……
ここで少し想像してみましょう。仮に芳根さんが大学に進学していたとしたら、その後のキャリアはどうなっていたでしょうか?
2016年のNHK連続テレビ小説『べっぴんさん』のヒロインオーディションには2015年から挑戦しており、4度目の挑戦で見事合格しています。もし大学進学で活動を制限していたら、このオーディションのチャンスを逃していたかもしれません。
「その時の集中が、その後を決める」——芳根さんの選択はまさにそれを体現しているんですよね。
よくある質問(FAQ)
Q. 芳根京子さんの出身大学は?
A. 大学への進学はしていません。高校卒業後は女優業に専念しています。
Q. 都立深沢高校の偏差値は?
A. 偏差値41程度とされています。
Q. 東海大学付属望星高校への転校理由は?
A. 都立深沢高校の校則が厳しく芸能活動との両立が困難だったため、通信制の望星高校に転校しました。
Q. ギランバレー症候群はどんな病気?
A. 末梢神経の障害によって力が入らなくなる難病で、日本での発症率は年間10万人あたり1〜2人。芳根さんは中2で発症し、約1年の療養後に完治しています。
Q. 芳根さんのスカウトのエピソードは?
A. 幼少期から何度もスカウトを受けながらすべて断っており、高校1年の文化祭で演技に興味を持ったタイミングで上地雄輔さんのライブ会場でスカウトされ、「神様から与えられたチャンス」と感じて芸能界入りを決意しました。
学歴まとめ|年表で見る芳根京子の学生時代
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2003年 | 杉並区立沓掛小学校 入学(6歳)。小4よりフルートを始める |
| 2009年 | 杉並区立中瀬中学校 入学(12歳)。吹奏楽部でフルート担当 |
| 2010年 | 中2でギランバレー症候群を発症。約1年間の闘病生活 |
| 2012年 | 中学卒業。東京都立深沢高等学校 入学(15歳) |
| 2012年 | 上地雄輔ライブ会場でスカウト、芸能界入りを決意 |
| 2013年 | 東海大学付属望星高等学校(通信制)に転校 |
| 2013年 | ドラマ『ラスト♡シンデレラ』で女優デビュー |
| 2014年 | NHK朝ドラ『花子とアン』に出演 |
| 2015年 | 東海大学付属望星高等学校 卒業(18歳)。大学・専門学校進学せず |
| 2016年 | NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』ヒロインに抜擢 |
芳根京子の「学歴」が教えてくれること
学歴の話をしてきましたが、最後に少し立ち止まって考えてみたいことがあります。
芳根さんの学生時代を振り返ると、いわゆる「エリート街道」とはまったく違うルートを歩んでいます。偏差値41の都立高校から通信制に転校、大学進学もなし。それでも現在は日本を代表する実力派女優のひとりです。
難病を乗り越えた経験、転校という決断、大学より女優業を選んだ判断——すべてが今の芳根さんの「強さと深さ」につながっているように見えませんか?
「学歴=その人の価値」ではないことを、芳根さんの歩みはとても雄弁に語っていると思うんです。どんな環境でも自分らしい選択をして、目の前のことに全力で向き合う。それが彼女の本質なんでしょうね。
