この記事では、インクルーシブデザインとは何か、そして誰もが使いやすい製品・サービスを実現するための設計思想について詳しく解説します。
インクルーシブデザインとは、年齢・性別・障がい・国籍・経験の有無など、さまざまな背景を持つ人すべてが利用しやすいデザインを目指す考え方です。
近年、企業や自治体では「すべての人にやさしいデザイン」を超えて、“誰ひとり取り残さない”設計思想として注目されています。たとえば、スマートフォンの音声読み上げ機能や、バリアフリー対応の公共交通アプリ、ユニバーサルデザインの家電製品なども、インクルーシブデザインの考え方から生まれた事例です。
本記事では、
- インクルーシブデザインの意味と目的
- ユニバーサルデザインとの違い
をわかりやすく解説します。
この記事を読むことで、誰もが使いやすい製品・サービスを設計するための第一歩がきっと見えてくるはずです。
目次
インクルーシブデザインの基本概念
インクルーシブデザインとは、年齢、性別、障害の有無、国籍など、あらゆる人々の多様性を考慮し、誰もが平等に使える製品やサービスを設計する考え方です。「排除しないデザイン」とも呼ばれ、特定の人だけでなく、できるだけ多くの人が快適に利用できることを目指します。
従来のデザインでは、標準的なユーザーを想定して製品やサービスが作られてきました。しかし、インクルーシブデザインでは、これまで「特別なニーズを持つ人」として周辺に位置づけられてきた人々を、最初から設計プロセスの中心に据えます。この考え方の転換により、結果的にすべての人にとって使いやすいデザインが実現されるのです。
バリアフリー、ユニバーサルデザインとの違い
インクルーシブデザインを理解する上で、よく混同される「バリアフリー」や「ユニバーサルデザイン」との違いを明確にしておきましょう。
バリアフリーは、主に物理的な障壁を取り除くことに焦点を当てています。例えば、車椅子用のスロープや点字ブロックなど、障害者が直面する具体的な障壁を解消する取り組みです。
ユニバーサルデザインは、7つの原則に基づき、すべての人が使える製品・環境を最初から設計する考え方です。「万人向けのデザイン」として、特別な適応や変更なしに、誰もが使えることを目指します。
インクルーシブデザインは、ユニバーサルデザインと似ていますが、より「多様性」と「プロセス」を重視します。特に、実際の利用者、特に従来除外されてきた人々を設計プロセスに積極的に参加させることを重視するのが特徴です。完璧な万人向けソリューションを目指すのではなく、多様なニーズに柔軟に対応できる選択肢を提供することを重視します。
インクルーシブデザインが求められる背景
現代社会でインクルーシブデザインが注目される背景には、いくつかの重要な要因があります。
人口構成の変化
日本をはじめとする先進国では急速な高齢化が進んでいます。2025年には日本の人口の約30%が65歳以上になると予測されています。高齢者が使いにくい製品やサービスは、市場の大きな部分を失うことになります。
多様性への理解の深まり
障害者権利条約の批准や、LGBTQ+の権利への認識向上など、社会的マイノリティへの理解が深まっています。企業には、すべての顧客を尊重し、包摂する姿勢が求められるようになりました。
ビジネスメリットの認識
インクルーシブデザインは社会貢献だけでなく、ビジネスとしても合理的です。より広い顧客層にアプローチでき、製品の使いやすさ向上により顧客満足度も高まります。マイクロソフトの調査によると、インクルーシブデザインを採用することで、市場規模が大幅に拡大することが示されています。
法規制の強化
世界各国で、デジタルアクセシビリティに関する法規制が強化されています。ウェブサイトやアプリケーションのアクセシビリティは、法的要件となりつつあります。
インクルーシブデザインの3つの原則
インクルーシブデザインには、主に3つの重要な原則があります。
1. 多様性を認識する(Recognize Diversity)
人々の能力、経験、状況は多様であることを認識します。永続的な障害だけでなく、一時的な制約(怪我など)や状況的な制約(片手がふさがっている、騒がしい環境にいるなど)も考慮に入れます。
2. プロセスに包摂する(Inclusive Process)
デザインプロセスの早い段階から、多様なユーザーを参加させます。特に、従来排除されてきた人々の声を積極的に取り入れることで、真のニーズを理解できます。
3. 解決策を拡張する(Extend Solutions)
一つのソリューションですべての人に対応しようとするのではなく、多様なニーズに対応できる複数の方法や選択肢を提供します。柔軟性と適応性を重視します。
インクルーシブデザインの実践例
デジタル製品での実践
マイクロソフトのXboxアダプティブコントローラーは、インクルーシブデザインの代表的な成功例です。身体に障害のあるゲーマーと協力して開発され、様々な外部デバイスを接続できる拡張性の高い設計により、個々のニーズに合わせてカスタマイズできます。
音声アシスタント技術も、視覚障害者や手の不自由な人だけでなく、料理中や運転中など、すべての人にとって便利な機能として広く受け入れられています。
ウェブデザインでの実践
ウェブサイトでは、以下のような配慮が求められます。
- 適切な色のコントラスト比を確保し、色覚障害のある人でも情報を認識できるようにする
- キーボードだけでもすべての機能にアクセスできるようにする
- スクリーンリーダーに対応した適切なHTML構造とARIA属性を使用する
- 動画には字幕や音声解説を提供する
- テキストサイズを変更できるようにする
建築・都市デザインでの実践
渋谷駅の再開発プロジェクトでは、インクルーシブデザインの考え方が取り入れられました。エレベーターの配置、案内サインの多言語化、触覚案内板の設置など、多様な利用者のニーズが考慮されています。
インクルーシブデザインを実践するためのステップ
ステップ1:多様なユーザーを理解する
ペルソナを作成する際に、年齢、性別、能力、経験、文化的背景など、多様性を反映させます。実際のユーザー、特に従来サービスを利用しづらかった人々へのインタビューやアンケートを実施します。
ステップ2:制約を可能性として捉える
障害や制約を「解決すべき問題」ではなく、「新しいアイデアの源」として捉えます。極端なユースケースを考えることで、より良いソリューションが生まれることがあります。
ステップ3:共創する
デザインプロセスに多様なユーザーを参加させます。ワークショップやコ・デザインセッションを開催し、当事者の意見を直接聞きながら設計を進めます。
ステップ4:複数の解決策を提供する
一つの完璧なソリューションを目指すのではなく、ユーザーが自分に合った方法を選択できるようにします。カスタマイズ可能性や柔軟性を重視します。
ステップ5:継続的に改善する
リリース後もユーザーからのフィードバックを収集し、継続的に改善します。インクルーシブデザインは、一度完成したら終わりではなく、継続的なプロセスです。
インクルーシブデザインがもたらす価値
社会的価値
より多くの人が社会に参加できるようになり、社会的な包摂が進みます。孤立や排除を感じる人が減り、誰もが尊重される社会の実現に貢献します。
ビジネス価値
市場規模の拡大、顧客満足度の向上、ブランドイメージの向上など、ビジネス面でも多くのメリットがあります。従業員の多様性を尊重することで、組織の創造性やイノベーション能力も高まります。
イノベーションの促進
制約の中から新しいアイデアが生まれます。音声認識技術、自動ドア、電動歯ブラシなど、もともと障害者のために開発された技術が、今では誰もが使う製品になっている例は数多くあります。
まとめ:インクルーシブデザインの未来
インクルーシブデザインは、単なる思いやりや社会貢献の取り組みではありません。多様性を認識し、すべての人を包摂することで、より良い製品やサービスが生まれ、ビジネスとしても成功する、持続可能なアプローチなのです。
デジタル化が進む現代において、インクルーシブデザインの重要性はますます高まっています。AI技術の発展により、個々のニーズに合わせたパーソナライズがより容易になり、インクルーシブデザインの実現可能性も広がっています。
これからデザインに携わるすべての人、製品やサービスを提供するすべての企業が、インクルーシブデザインの考え方を取り入れることで、誰もが暮らしやすい社会を実現できるでしょう。あなたの次のプロジェクトでも、「誰かを排除していないか」を考えることから始めてみませんか。
