夜更けの部屋。窓辺に飾ったドライフラワーが、街灯の光を受けて優しい影を落としている。お腹が鳴る。今日も頑張った自分へのご褒美が欲しい。そんな気分。
キッチンの棚から取り出したカップラーメン。その軽い重さが、なんだか愛おしい。パッケージの写真を見るだけで、もう美味しそう。これから始まる、私だけの小さな幸せ。
第一章:開封という名の楽しみ
ビニールフィルムに指をかける。ピリピリと音を立てながら剥がれていくその感触は、まるでクリスマスプレゼントを開ける子供の心境だ。大人になっても、この瞬間のワクワク感は色褪せない。
蓋を開ける。
そこに広がるのは、乾燥した麺の世界。縮れた麺が、まるで黄金の迷宮のように折り重なっている。その隙間から覗く、小さな具材たち。乾燥ネギ、謎肉、そしてスープの粉末。これらはまだ眠っている。これから始まる熱湯との出会いを、じっと待っているのだ。
かやくの袋を開ける。カサカサという音。この音が、調理の始まりを告げる号砲だ。小さく刻まれた乾燥具材を、麺の上に散らす。まるで庭師が種を蒔くように、丁寧に、しかし躊躇なく。
第二章:熱湯が織りなす変化
電気ケトルのスイッチをオン。コポコポと沸き始める音。この音を聞くと、なぜか落ち着く。お気に入りのマグカップでコーヒーを淹れる朝みたいに、日常の中の小さな儀式。
ピピッと鳴る、沸騰の合図。
ケトルを持つ。その温かさが手に伝わる。これから起こる変化を、私は知っている。何度も見てきた光景。でも、何度見ても飽きない。
カップの内側の線まで、ゆっくりと注ぐ。
ジュワアアアア…。
この音、好き。熱湯が麺に触れて、瞬間的に変化が始まる様子。まるで魔法みたい。カサカサだった麺が、お湯を吸ってふっくらしていく。美容パックが肌に馴染んでいくような、そんな感じ。
湯気がふわりと立ち上る。その優しい蒸気が、頬を温める。スチーマーみたいで、ちょっと嬉しい。スープの素が溶けて、透明だったお湯が、きれいな琥珀色に染まっていく。この色の変化、見ていて癒される。
かやくが浮かぶ。ネギが、お肉が、まるでバスソルトみたいにゆらゆらと漂う。この光景、なんだかロマンチック。
第三章:待つ時間の贅沢
蓋を閉じる。その上に液体スープの小袋を置く。この時間が、また特別なの。
三分。
たった三分だけど、この三分が愛おしい。
スマホを見る。SNSをちらっとチェック。でも、今は画面の向こうの世界より、目の前のカップラーメンの方が大事。
部屋に広がる香り。それは確かに人工的な香りだけど、なぜか懐かしい。学生時代、試験勉強の夜食に食べた味。一人暮らしを始めた頃、心細い夜に食べた味。この香りには、私の思い出が詰まっている。
一分経過。麺が柔らかくなっていく様子を想像する。今頃、ちょうど良い食感になってきているはず。待つ時間も、料理の一部。急がない。ゆっくり、じっくり。
二分経過。そろそろね。でも、もう少し待つ。完璧なタイミングを逃したくない。お料理って、タイミングが大事。カップラーメンだって同じ。
三分経過。
第四章:対面の瞬間
液体スープを手に取る。蓋を開ける。
ふわっと湯気が顔を包む。この暖かさ、気持ちいい。まるで温泉の湯気に包まれているみたい。お肌にも良さそう、なんて思ってしまう。
スープの表面には、油が薄く広がっている。その下に見える、ふっくらと柔らかくなった麺。かやくも戻って、ネギは鮮やかな緑色、お肉はぷっくり膨らんでいる。まるで花が開いたみたい。
液体スープをとろりと注ぐ。スープの表面に、きれいな波紋ができる。箸でそっとかき混ぜる。麺がほぐれて、スープと絡まっていく。この瞬間、完成。私だけの、特別な一杯。
第五章:至福のひととき
箸を手に取る。さあ、いただきます。
まずはスープから。これが私の流儀。レンゲで優しくすくって、唇に運ぶ。
ふー、ふー、と息を吹きかけて。
ずず…。
ああ、これこれ。
スープが舌の上を滑る。最初に感じる塩気。それから、じんわりと広がる旨味。これは、確かに添加物の味なのかもしれない。でも、この味には魔法がある。疲れた心と体を、優しく包み込んでくれる。
体がぽかぽかと温まる。スープの熱が、胃から体中に広がっていく。まるでお風呂に入った時みたいな、あの安心感。今日の疲れが、少しずつ溶けていく。
次は麺ね。
箸で麺を持ち上げる。ちょうどいい柔らかさの麺が、スープをたっぷり纏ってキラキラしている。まるで真珠のネックレスみたいに、美しい。
口に運ぶ。
ずるずるっ…。
んー、美味しい。このもちもちした食感。この弾力。三分という魔法の時間が作り出した、完璧な仕上がり。麺がスープをしっかり吸い込んでいて、噛むたびに口の中に旨味が広がる。
麺とスープの一体感。これこそが、カップラーメンの魅力よね。高級レストランの繊細な味わいとは違う。もっと素直で、もっとシンプルな美味しさ。飾らない。素直に「美味しい」って言える味。
謎肉を食べる。この独特の食感が、なんだか好き。お肉なのか、お豆なのか。その正体は謎だけど、それでいい。この謎めいた感じが、ミステリー小説を読んでいるみたいでワクワクする。噛むとじゅわっとスープが染み出す。小さいのに、存在感がある。
ネギのシャキシャキした食感が、アクセントになる。乾燥していたとは思えないくらい、ちゃんと歯ごたえがある。こういう小さな驚きが、嬉しい。
箸が止まらない。
ずるずる、ずるずる。
無心で麺を啜る。この瞬間だけは、何も考えない。仕事のことも、人間関係も、明日の予定も、全部忘れる。ただ目の前のカップラーメンと向き合う。これが、私だけの贅沢な時間。
終章:満たされた心
麺がなくなった。でも、まだスープが残っている。
このスープ、飲み干すべきかしら。カロリーのことを考えると、少し躊躇する。でも、今日だけは特別。頑張った自分へのご褒美だもの。
カップを両手で包み込む。その温かさが、手のひらに心地いい。そして、そっと口をつける。
ごくごくごく…。
熱い。でも、優しい熱さ。最後の一滴まで、大切に飲む。
スープが喉を通り、体の中に入っていく。その温かさが、心まで温めてくれる。ああ、満たされた。空っぽだったお腹も、ちょっと寂しかった心も、全部満たされた。
カップを置く。空になった容器を見つめる。さっきまで、そこには麺とスープが入っていた。今は空っぽ。でも、私の心は満たされている。この幸福感と、ちょっとした寂しさの同居。これも、一人の食事の味わいなのかもしれない。
ごちそうさまでした。
窓の外を見る。街灯の明かりが、優しく街を照らしている。今の私は、もう一人じゃない気がする。カップラーメン一つで、心も体も満たされた。
これで、また明日を頑張れる。
カップラーメン、素晴らしい。手軽なのに、こんなに幸せをくれる。深夜に頑張る女性たちの味方。働く私たちを支えてくれる、小さな相棒。インスタントという名の魔法。
たかがカップラーメン、されどカップラーメン。
今夜も、どこかで誰かが、この小さな幸せを味わっているのね。
ひとりメシの美学シリーズ
