午後10時。残業を終えて、駅に向かう道。
お腹が空いた。でも、家に帰って料理する気力はない。
コンビニ弁当も、なんだか違う。
今日は、がっつり食べたい気分。
そう思った瞬間、目に入る。あの看板。オレンジ色に輝く、牛丼チェーンの看板。
ああ、そうだ。牛丼がいい。
でも、ちょっと躊躇する。
女一人で、牛丼チェーン。入りにくいって思われてるけど、私は好きなの。早くて、安くて、美味しい。完璧じゃない。
深呼吸して、扉を開ける。
目次
第一章:店内という戦場
「いらっしゃいませ!」
威勢のいい声が響く。
店内は、意外と空いてる。カウンター席に、数人のお客さん。男性ばかり。でも、気にしない。
空いてる席を見つける。端っこの席。ここがいい。
座る。目の前にある、水とお茶のピッチャー。自分で注ぐスタイル。この効率的なシステム、好き。
券売機で食券を買ってきてなかった。でも、この店は口頭注文もOK。
メニューを見る。
牛丼、並盛、大盛、特盛。トッピングもいろいろ。
今日は…並盛でいい。いや、でも頑張ったし、大盛にしちゃおうかな。
…いや、並盛で。
「すみません、牛丼並盛、つゆだくで」
つゆだく。これが私のこだわり。汁がたっぷり染み込んだご飯が、好きなの。
「牛丼並盛、つゆだく、お待たせしました!」
待つ時間、ほんの数分。この速さが、牛丼チェーンの魅力よね。
第二章:目の前の丼
来た。
湯気が立ち上る牛丼が、目の前に置かれる。
見て。この美しさ。
甘辛く煮込まれた牛肉と玉ねぎが、白いご飯の上に山盛り。その上に散らされた紅生姜の赤。
色のコントラストが、食欲をそそる。
つゆだくだから、汁がご飯に染み込んでる。丼の底まで、味が染み渡ってるはず。
箸を手に取る。割り箸を割る。パキッという音。この音が、食事の始まりを告げる。
さあ、いただきます。
第三章:最初の一口
まずは、肉から。
箸で牛肉を掴む。柔らかく煮込まれた肉が、箸でほろっと崩れそう。
口に運ぶ。
ん…
この味よ。
甘辛いタレが、牛肉に絡んでる。噛むと、肉の繊維がほぐれて、旨味が口の中に広がる。
牛肉の旨味と、タレの甘さ、醤油の香ばしさ。全部が混ざって、完璧なハーモニー。
これが、牛丼。シンプルだけど、力強い味。
次は、ご飯と一緒に。
肉とご飯を一緒に口に入れる。
ああ…これこれ。
肉の旨味が、ご飯と絡む。つゆだくだから、ご飯も味が染みてる。汁がご飯一粒一粒に絡んで、もう最高。
この組み合わせは、もう反則よね。炭水化物とタンパク質と脂質。栄養バランスとか考えたら、完璧じゃないかもしれない。でも、美味しい。それで十分。
第四章:玉ねぎという名脇役
玉ねぎも、忘れちゃいけない。
トロトロに煮込まれた玉ねぎ。箸で掴むと、柔らかくて、今にも崩れそう。
口に入れる。
甘い…
玉ねぎって、煮込むとこんなに甘くなるのね。牛肉の旨味を吸って、タレの味を纏って、でも玉ねぎ自身の甘さもちゃんと主張してる。
名脇役。でも、これがないと牛丼は成り立たない。
肉、玉ねぎ、ご飯。この三つのバランス。完璧。
第五章:紅生姜の魔法
紅生姜を一切れ。
この赤い子、侮れない。
口に入れると、シャキッとした食感。そして、ピリッとした辛さと酸味。
この刺激が、いい。
甘辛い牛丼の味を、一度リセットしてくれる。口の中がさっぱりして、また次の一口が食べたくなる。
紅生姜を食べて、また牛丼を食べる。
このループ。無限に続けられる気がする。
箸が止まらない。
肉を食べて、ご飯を食べて、玉ねぎを食べて、紅生姜でリセット。
そして、また最初から。
このリズム。心地いい。
第六章:七味という選択
テーブルに置いてある、七味唐辛子。
途中で味変したい時、これが活躍する。
少しだけ、振りかける。
また一口。
お…
ピリッとした辛さが加わって、味わいが変わる。同じ牛丼なのに、全然違う料理みたい。
七味の香りが、食欲を更にそそる。
この味変、好き。
最初はそのままの味を楽しんで、途中から七味で変化をつける。一つの丼で、二つの味わい。
お得な気分。
第七章:つゆだくの真価
丼も、半分くらい食べた。
底の方のご飯。ここが、つゆだくの真価が問われるところ。
箸でご飯をすくう。
汁がたっぷり。ご飯が、汁を吸って、茶色く染まってる。
口に運ぶ。
ああ…これよ。
汁が染み込んだご飯。柔らかくて、味が濃くて。
これが食べたかったの。
上の方は、肉と玉ねぎがたっぷり。下の方は、汁が染み込んだご飯。
どっちも美味しい。どっちも大事。
つゆだくにして、正解だった。
第八章:無言の集中
周りを見る。
他のお客さんも、黙々と食べてる。
会話はない。ただ、食べることに集中してる。
この空間、嫌いじゃない。むしろ、好き。
誰も気にしない。誰も見てない。
ただ、自分の丼と向き合う。
牛丼チェーンって、こういう場所なのよね。
コミュニケーションは最低限。注文して、食べて、お金を払って、出る。
効率的で、シンプル。
でも、それでいい。
今の私には、これが合ってる。
第九章:残りわずか
丼の底が見えてきた。
もう少しで終わっちゃう。
ちょっと寂しい。
でも、お腹はしっかり満たされてる。
最後の一口。肉と玉ねぎとご飯を、全部一緒に。
口に入れる。
んー…美味しい。
最後まで、美味しい。
箸を置く。
終章:満たされた夜
「ごちそうさまでした」
お会計を済ませて、店を出る。
夜の冷たい空気が、心地いい。
お腹が、ずっしり満たされてる。
体が、内側から温まってる。
牛丼一杯で、こんなに満足できるなんて。
500円くらいで、この満足感。
早くて、安くて、美味しい。
これが、牛丼の魔法。
そして、一人で気兼ねなく食べられる。
誰にも遠慮しない。自分のペースで。つゆだくも、大盛も、七味も、全部自分で決められる。
これが、ひとりメシの良さよね。
駅に向かう足取りが、軽い。
今日も一日、頑張った。
この牛丼が、私にエネルギーをくれた。
明日も、頑張れる。
牛丼、ありがとう。
また来るわ。疲れた夜に、また会いに来る。
あなたは、いつもそこにいてくれるから。
ひとりメシの美学シリーズ
